心を揺らす君は、

ファンクラブとは、その名の通り“ファンが入会する組織”だ。個人あるいはグループに対して応援する気持ちを持つ人々が、情報登録と必要な費用を支払って入会するものである。スポーツチーム、俳優、女優、歌手にタレント、アイドルなどなどなど世の中には数多のファンクラブが存在している。加入している会員限定の特典があったりイベントなどの先行応募が出来たりすることもあるので、当然ながら参加できるチャンスが増える。ファンにとっては大変嬉しいシステムだと思う。

 

なぜこんな話をしたかというと、先日ついに個人情報と一定の金額をジャニーズファミリークラブに渡し、引き換えにアイドルの活動状況やチケットの先行情報を届けてもらう1年契約を交わしたからだ。人生で初めてのファンクラブだ。

仕事終わりに最寄の郵便局で挙動不審になりながらも振込を済ませ、振込票に印字された『V6』の文字をまじまじと見ていた。直後にメールで届いた会員番号を眺め、ウェブにアクセスし、ログインページを開いて動画を見た。しばらく経ってから青い封筒が来て、ずっと変わっていないという噂のキーホルダーをおっかなびっくり触ってみた。若干ぺたぺたしていた。これはどこにどう保管するのが正解なんだろうなんて考えて、とりあえず封筒の中にそっとしまった。

 

これまでにも入ろうと思ったタイミングは何度かあったのだ。「入りなよ~」と言われたこともあったし、自分でもいい加減入れよと思ってはいた。

思っては、いた。

だけどその度に二の足を踏んでいた。

さんざん気味の悪いブログを更新していたくせに、私はどこかで自分の『好き』に自信が持てなかった。より詳しく述べるなら、『この先も絶対的に好きでいられる』という自信がなかったのだと思う。熱しやすく冷めやすい、言うならば飽きっぽい性格であることを自覚したのはここ最近だ。

だからずっとどこかで考えていた。

『いつか飽きてしまうのだろうか』

そのときに、もしかしたらそれまでが無駄だったと感じてしまうかもしれない自分が怖かった。大馬鹿である。だが私はこういう人間だった。いずれ訪れるであろう未来を怖がってばかりで、今にきちんと目を向けられないでいる。今もいつか過去になるし、かつての未来が私の不安を裏切って今になっているのにね。

 

ゴールデンウィークも終わり、気付けば5月も10日程過ぎている。2018年がまもなく半分近く終わってしまうという恐ろしい事実に気が付く。

V6を好きになって、ブログを始めて、ここまであっちこっちでいろんなことが起きた。いろんなことだ。

そのたびに私は言葉をなくして、落ち込んで、切なくなって、寂しくなって、もやもやした。同じように口をつぐんで黙る人、涙を溢す人、怒る人、一生懸命受け止めようと言葉にする人も、そっと離れていく人もいた。

こう書くと暗いことばっかりだったのかと思われるかもしれないが、もちろんそうではない。新曲だとか、ライブレポだとか、次のお仕事だとか、映像解禁だとかで盛り上がるTwitterのタイムラインを眺めて思わずにっこりしてしまうこともたくさんあった。ウェブが更新される日には大体職場でそわそわしている。ときどき繰り出される嬉しいお知らせに喜びのあまり変な声が出たこともある。相変わらずブログにはいろんな人からいろんな人への「好き!!!」が溢れている。眩しいな、と思う。

 

だけど不変と永遠はどこにもないと思い知らされた。

いつか変わるし、いつか終わる。時間も人も止まってくれはしない。私もあなたも彼らも、たぶん見えるところでも見えないところでも静かに少しずつ変わり続けていく。それが自然なのだろう。

そして同時に、代わるものなどきっとありはしないんだろうとも改めて思わされた。 

以前にも同じようなことをぼんやりぼんやり考えていたことがある。よく見たら今年最初のブログだった。

ファンにとってはそのアイドルが唯一無二の存在だから、どうしようもなくやりきれない気持ちにもなるんだろうなと思う。その人が愛したアイドルは一人しかいないから。似ている人はいても、同じではないから。

完全なる代わりはいない。

割りと真面目にそう思っている。

私がブログのタイトルにつけた“きらきら”が示すものは彼であり彼らだ。

私にとって代わりのいないきらめきだ。

眩しくて目がくらんで、でもずっと見ていたくて、これがいつか消えてしまう瞬間を思うととても怖くなった。少しずつ色を変えて、形を変えて、ある日ぱちんと弾けて消えてしまうのかと思うと恐ろしくなった。

それこそ炭酸の泡のように、呆気なく消えてしまうことだってあるのだ。

自分で「不変と永遠はない」なんて言っておきながら永遠を願わずにはいられない。だって終わりを常に意識しながら生活するのはなかなかにしんどいことだもの。そこではっとした。

不変がないということは、噛み合わなくなってしまう瞬間だってゼロではないということだと思う。そのときにどうするかなんて決めておけるわけがない。噛み合わなくなる原因もタイミングも、その瞬間まで分からないのだから。

時間をかけて戻るのを待つのか、噛み合う別のものを探すのか。どちらを選ぶのも私の自由だ。義務じゃない。

最初に入るのを躊躇っていた理由として挙げた『何があっても絶対好きでいられる自信がない』なんて、そんなのみんな同じじゃないか。何があるかなんて分からないんだから。

私は今、彼らが好きだ。気持ちがぐちゃぐちゃになった日もあるけれどまだ好きだ。

代わるものがなくて、変わらないものも終わらないものもないのなら、少しでも長く近くで見ていられる場所にいる方がいい。そうしたい。

そう思って、ファンクラブに入ることにした。やたら長いしやたら重めの理由だった。

 

最近になって気持ちの整理が少しずつ出来てきた、気がする。ぐずな私は何をするにも時間がかかってしょうがない。そしてこれを書いている間、『GOLD』がずっと頭を巡っていた。

自己満足に過ぎなくても、こうして言葉に出来てよかったとちょっと安堵している私がいる。あとで読み返したら「ちょっと何言ってるか分からないですね」ってなるかもしれないけど。

そうしているうちに昨日またお知らせが来たので、時間はまたかかるだろうけどそれについてもぽつぽつ言葉にできたらなぁと思った週末でした。

皆々様、どうか健やかにお過ごしくださいませ。

手紙と海と永遠と

さんざん悩んで、書いた言葉はたった一言でした。

 

『よるのいろ』という名前に惹かれた深い藍色のインクを使い、とっておきの万年筆で丁寧に文字を書きました。最初で最後。そう決めて白い便箋に残せたのはたった一言でした。

 

なにを書こうか、何を書いても良いものか、便箋はこれだけあれば足りるのか。そんなことばかりを考えていたのに瞼の裏で言葉は詰まり、ペンは動かず、時計の針は何周も何周もしてしまいました。

 

らせんを描いて木の葉が落ち始めた頃に、ようやく書いた一言は頼りなく白い地面に浮かんでいました。そのひょろひょろした後ろには、本当は無数の透明な生き物が潜んでいるのです。丁寧に折り畳んだ便箋を白い封筒に入れて、私は海へと向かいました。

 

大きな水溜まりを目の前にして、手の中の言葉を書き終えたのと同じくらい長い間立ち尽くしていました。ここへ来て怖くなったのです。本当にこれでいいのかと。あの言葉でよかったのかと。今ならまだ書き直すこともできる、いっそこんなこと止めてしまおうか。だけど結局私はそれをしませんでした。透明な生き物は封筒に閉じ込められたままひっそりとしています。

 

好きだった横顔を思い出しながら手をそっと離せば、白い四角はあっけなくさらわれてどんどん遠ざかっていきます。空っぽになった指先にやわらかく風が絡まります。小さくなっていくそれに、いつか遠くから見ていた後ろ姿を思い出しました。じっと見つめているうちに、四角は波の合間に静かに静かに消えていきました。後に残るのは、私とこの大きな水溜まりだけです。

 

きっと塩辛い水に濡れてインクは滲み、紙はふやけ、あっという間に散り散りになり、手紙であったことなど分からなくなってしまう。もうどこへいったかも分からない。そもそもあれは“手紙”といえるものだったのでしょうか。さまざまなことが頭を過ります。私は暫く動くことができませんでした。

 

なんと無駄なことをしているのだろう。

 

人が私の行動を知ったら、きっと愚かだと笑うのでしょう。自分でも少しはそう思います。しかし、これでよかったのだとも思うのです。誰の目にも触れることがなくても、せめて私だけは、今だけは、あの美しく透明な生き物を覚えておきたいと思います。いつか思い出して「馬鹿なことをしていたな」と考えたとしても、そんなことがあったことなど忘れてしまっても。

ついぞ口には出せなかった言葉、届けられなかった気持ち、大切に大切に抱き締めていたかったもの。水溜まりの中で散り散りになった私の手紙は、同じような誰かの手紙の欠片と一緒にどこかでかすかにゆらゆら揺れていることでしょう。もしかしたら永遠に思えるほどの時を越えて、水溜まりに潜った誰かの目にとまるかもしれません。そのときまで、おやすみ。

初めてジャニショに行った話

風が冷たい1月のある日、私は原宿にいた。日も暮れて薄暗い細い路地では、目の前の建物から漏れる照明が眩しいほどに光っている。私の人生でおそらく9割方足を踏み入れることがないと思っていた場所で、いつか行ったとしてもこんなに早くなるとは思っていなかった場所だ。

書き出しのテンションを間違えた気がする。ちょっとよく分からない。なんだこの胡散臭い文章は。

とにもかくにも、お茶の間に毛が生えたようなレベルのファンが初めてジャニショを体験した感想を書いてみることにする。暇でしょうがない人、ジャニショに興味があるけど行ったことがない人、行ってみたいけど様子がよく分からなくて不安な人はお茶でも片手に読んでください。ざっくりの流れや雰囲気だけでもお伝えできればなと。

 

そもそもジャニショとは一体何なのか

ジャニショ。正式名称ジャニーズショップ。

その名の通りジャニーズ事務所の公式商品(メインとしては所属アイドルの写真)を購入できる店舗である。デビュー組からJr.まで、あらゆるジャニーズの写真がある。最近グループごとのフォトブックなるものも追加されたようだ。店舗は原宿、名古屋、梅田、福岡の4店舗。今回行ったのは原宿店。 

実はこの訪問はほとんど勢いだった。

友人と渋谷の美術館を観た後、ここから原宿駅まで歩いて行けるよ~とのことだったので、せっかくならばと代々木第一体育館の前を通過しつつ歩いていた。そしてついでにジャニショ寄ってみる?となったのである。

「どんな建物か見てみたい」というくらいの軽い気持ちだった。友人が以前訪れた際は朝早く向かった上で更に整理券の配布があって、中に入っても人がくしゃくしゃいて写真を全部チェックしきれなかったとの話を聞いていたので、まあ外の様子だけでも、というくらいだった。私は営業時間なんかもよく分かっていなかったので、入れないこと前提で立ち寄ってみる。

着いた建物の前には警備員さんが1人。向かいのお店には何人か並んでいる人がいたが、私たちの目的とする建物は特に混雑している様子はない。

 

ジャニショの印象~外観~

  • なんか洒落とる

  • 思ったよりシンプル

  • 白と緑(雑すぎる色イメージ)

田舎者なので原宿、ジャニーズと言うだけで派手目な外観かと思っていたが、そうでもなかった。1本路地を入ったところだったしわりと静かそうなところだ。行った時間が日曜の夕方というのもあってか、なんだか建物自体はひっそりと建っている印象だった。ガラス張りで中が見えるようになっていたけど、照明がめちゃくちゃ明るかった気がする。

ほほうこれが噂の…と見ていると、警備員さんの横の「今の時間はご自由にお入りいただけます」という文言の小さな看板に気がつく。 

えっ本当に??どうする?入る?入っちゃおうか!?

整理券配布も終わっているかも、などと言っていたがまさかのするっと通常入店。螺旋状の白い階段を地下へと下りていった。思いの外あっさりと入れてしまって驚いた。

 

ジャニショの印象~内装~

  • 白い
  • 明るい
  • そして狭い

地下で写真を選び1階のレジでお会計というシステムだと知らなかった。

写真スペースの通路は他の人とすれ違うときに気を使うほどの狭さだった。入った最初こそ空いていたものの、ちょっと迷っているうちに人が増えていた。混んでいるときは自分の後ろの人にぶつからないようにリュックとか前に持っておく方がいい。あと上の写真とか見るために後ろに下がるときも気を付けた方がいい。

写真が並べられている何枚ものパネルで区切られたスペースに、紙とペンを持った女の子達がうろうろしていた。上を見たり下を見たり、時に通路から通路へと移動してはお目当てのアイドルの写真を吟味している。

グループごと、メンバーごと、撮影シーンごとにある程度まとめられたパネルには「○年○月~」というように、写真が追加された日付が示されている。それを確認しつつ、手元の用紙に欲しい枚数を記入していく。小学校時代、修学旅行で業者さんが撮った写真を買ったときの流れに近い。貼り出されたサンプル写真の中から、自分が写っているものや集合写真なんかの欲しいものを選ぶ感じと似ていた(伝わって欲しい)。

まあそれと違うのは、写っているのが全て男性芸能人であるということだ。笑っていたりすましていたり、とりあえずどこを向いても顔だらけの空間であちこちに目を奪われつつ漸く購入する写真を決めたら、入ってきた入口と反対側にある出口から1階へと上がってレジ待ちの列に並ぶ。

 

お会計タイム 

レジ待ちの列に並ぶこと約10分(くらいだったと思う)。とうとう順番が回ってきた。お姉さんに記入した用紙を渡すと、確認しながらすごい速さで打っていく。6台ほど並んだレジで鳴り響く電子音は何かのアラームかと思うほど規則正しく連続している。その技術に感動してしまいそう。モニターにはカタカナでタレントの名前が出てくる。打ち終わると他のスタッフさんに用紙が渡され、その人に写真を準備してもらう間にお会計をする。1枚税込160円。ペットボトル1本分くらいのお値段だ。現金のみのお支払のよう。

そして最後に待ち構えるのが、写真確認という名の好みの大暴露会である。

枚数や内容に間違いがないか、白いレジ台に私が選んだ写真が1枚1枚並べられていく。機械的に数えるお姉さん。目で追う私。ソロショット、コンビショット、ソロ、ソロ、ソロ、ソロそしてトリオ更にコンビ、ソロ…。

当然ながら全て選んだのは自分である。パネルを睨みながらさんざん悩んで手持ちのお金と一応の相談をして厳選されたメンバー(写真)だ。

「この角度から見る顔が好き」

「背景込みですごく絵になる」

「なにこれ可愛い買うしかないな」

「芸術かこれは?」

選んでいる最中はそんなことを考えていた。「これは是非!!!」という1枚を選ぶことしか頭になかった。しかしこうしてそれらが目の前に並べられると、自分の好みを突きつけられているようで大変恥ずかしいものだとよく分かった。間違い防止のために欠かせないプロセスだが、同時に最大の恥ずかしポイントでもある。

『あなたこの人たちが好きなんでしょ?こういう角度で、こういう表情で、こういうポーズしているのが良いんでしょ?そうなんでしょ?ほらほらほらほら~』(※妄想)

私は顔を覆って崩れ落ちるしかない。認めざるを得ない。だってそれを選んだのは紛れもなく私なんだから。

そうです、その人たちが好きなんです…!(※妄想)

隣では次のお客さんがお会計をしている。何を買ったのか気になってしまいちらりと横目で伺う。私と同じように写真を並べられている。

(あ、大野さんファンなんですか私も好きですそれにしても大分吟味しましたか抑えた枚数ですね私なんか選びきれなくて20枚になっちゃいましたよでも本当はこんなに買うつもりじゃなかったんですけどおかしいな…。)

脳内でそんな芝居を繰り広げているうちに確認が終わり、丁寧に丁寧に袋に入れられてこちらに差し出されるメンバー(写真)たち。受け取ってそっと鞄にしまい、お店の外で先にお会計を終えた友人と合流。東京駅までお見送りしてもらい、1人新幹線に乗った。

 

そのあと

帰る途中で見ることはさすがに出来なかった。どうせなら1人でじっくりゆっくり心行くまで眺めたいし、写真片手ににやける(であろう)姿は端から見たら完全に不審者だ。いやだ。捕まりたくはない。

無事に家に帰りつき、恐る恐る袋から取り出した。まず最初に、一緒に入れてもらったレシートにずらりと並ぶカタカナに震え、極力印刷面に触れないように細心の注意を払って1枚ずつ眺める。一通り見て、嘆息。そして再び袋へとしまった。

思った以上に、刺激が強かった。自分で選んだくせに。

そしてなぜか「やっちまった」感があった。

一体私は何を「やっちまった」のだろうか。

数日後にフォトアルバムを購入して写真を収納した。ライブの時に買った写真も一緒に入れた。アルバムを買うにあたって他のジャニーズファンの方のブログやツイッターを参考にして選んでみたのがこれ↓。

 ポリプロピレン高透明フィルムアルバム・2段 L判・56枚用 | 無印良品ネットストア

高透明を謳うだけあって、写真を見ていてもビニールの存在がほとんど気にならない。最初は100均のアルバムでいいか~なんて考えていたのだが、比べてみるとその差は明らかだった。丈夫そうだし外見もシンプルで良い。すごいぞ無印良品。愛してるよ無印良品

 

蛇足ありまくりかつ途中脱線しましたが、以上がジャニショ初体験の感想です。未知の世界から生還したというか何というか、1つ何かのレベルが上がった気がする。次に行くのがいつになるかは全く分からないので、今手元にある写真をとにかく大切に扱おうと思った。

写真を選んでいるときもレジで並んでる最中も、ここにいるのはみんなジャニーズが好きな人たちなんだなぁというのを感じた。このショットがヤバい(かっこいい可愛い大好き)とか、あれを買ってしまったとか、これはもう絶対欲しかったんだとか、自分が好きなアイドルの写真を手に入れられる喜びできらきらしているように思えた。店内にプラスのエネルギーが満ちていた。

今回の一番の感想としては、好きなものを前にするとわりと簡単に自分の中での上限を引き上げるんだなということだ。入った瞬間は「厳選しまくって5枚くらいで抑えた方がいいな…」とか思ってたのに蓋を開けてみれば20枚買ってたんだから。びっくりでしたわ。

ジャニショの近くにお住まいの方も遠方にお住まいの方も、機会と気持ちと許すお金があればぜひ1度足を運んでみてはいかがでしょうか。

お粗末様でした。

愛しさと切なさとあれこれ

2018年を迎えましたね。今年も好きなものを好きなだけの精神でいきたいと思います。お付き合いいただける方はよろしくお願い致します。

 

昨年末からお正月三が日にかけて、こたつで寝過ごしたりみかん食べたりおせち食べたりお雑煮食べたり(つまりはとんでもなく堕落した生活を送り)ながらとりとめもなくいろんなことを考えていた。その中でも、というかジャニーズを好きになってから実はずっと気になっていたことがあるのでそれについて書いてみようと思う。

それはジャニーズファンの間で使用される“担当”という独特の表現について。

 

簡単にいうと「自分が誰を一番に応援しているか」という表明で、女性アイドルに対しては“推し”、宝塚では“贔屓”という言葉が多く使われているようですね。明確に区別されてるわけではないけど、ジャンルによって違いがあるのが面白いなぁと感じた。ジャニーズファンはブログやTwitterで「○○(自分が好きなアイドル名)担です」などプロフィールに書いていることも多い。初めましてのファン同士では「誰担ですか?」なんて尋ね合うこともある。そのためジャニーズファンにとっては名刺のようなものでもあるとも感じている。

同時に複数の担当をつくる(つくる、という表現は的確なのか…?)人や、「担当は一人!」と決めている人もいる。もちろんはっきりとした担当を持たずに、敢えていうならば“事務所担”として幅広くファンである人もいるので応援スタイルは様々、十人十色どころか百人百色と言っても過言ではないかもしれない。

“担当”に関連する表現でいうと、

  • “担降り”=一番に応援する対象から外す
  • “担上げ”=一番に応援する対象とする
  • “担変え”=一番に応援する人を変える
  • “同担拒否”=同じ人のファンとは仲良くできません

なんていうのもあるようだ。意味は私が聞いたりしたニュアンスなので若干の違いはご容赦願いたい。

 

それにしても好きなジャニーズアイドルに対してその人を“担当する”というと、まるでマネージャーか何かにでもなったようで重大な責任が生じてくるような気がする。だって“担当”ですよ。

“一定の事柄を受け持つこと”(小学舘デジタル大辞泉より引用)ですよ。

ファンになる前、初めてこの表現を知ったときは

(ジャニオタと呼ばれる方々は相当の覚悟と熱量をもってファンをやってるんだな……)

という感じでした。でもこれは間違いでもないのかもしれないと思うことも多々ある。

先日もある方の担降りブログがちょっとした話題になっていたが、私ははてなブログを始める前からジャニオタによる“自担”(自分の担当するアイドル)についての溢れんばかりの情熱をしたためた記事や、“担降り”あるいは“担変え”にまつわる記事を読むのが好きです。新規の私が漠然と「ジャニーズに足を突っ込んだらはてなブログ」だと思っていたように、あっちこっちに読みごたえのある記事がある。もちろんジャニオタ対象アンケートみたいな集計記事もとても面白いし、ライブレポなんかも素晴らしいものがたくさんあるので勉強になるなと毎回感じている。

「この人のここが素晴らしい!」「私はここが一番好きだ!」「ぜひここを見て欲しい!」という熱意のこもったブログはまさに売り込み、他担(他のアイドルを応援している人)へのダイレクトマーケティング。そして自担に対する己の気持ちの揺らぎ、悩みや落ち込み、戸惑いや躊躇いの果てに導きだした結論「大好きでした…さようなら…」で結ばれる、読み手の気持ちをも引き裂くほどの切なさで溢れた決別の手紙ともいうべき担降りブログもある。それらの中には筆者が許すなら出版して欲しいと思うレベルの芸術的表現と熱量で書き綴られたものもある。本当にびっくりする。どこでそんなに語彙力を身に付けたんだ皆…というか何歳なの…普段何してる人なの…?

 

ジャニオタ全員がブログをやっているわけではないのだが、24時間365日(たぶん)いつもどこかで誰かが自分の中の情熱を言葉にしているので、とてもではないが全てを読みきることは難しい。アイドルの数だけその人のファンがいて、ファンの数だけ応援スタイルがあり情熱の度合いも抱える思いも違う。同じ出来事を見ていても担上げする人しない人、担変えする人しない人がいる。ある人はたまたま自分が見たアイドルの姿に心を撃ち抜かれてその人を“自担”とする決意をし、またある人は今まで見てきた自担の姿とそれに対する思いが積み重なって“担当を降りる”決意をする。それをブログ記事という見える形で残す人もいて残さない人もいる。Twitterで呟く人もいる。

しかし自担の熱烈PRブログも担降り担変えブログも140文字の呟きも、どれも読んでいて感じるのは「自担(あるいはそうだった人)への愛」。なんならブログも何も残さずに応援している人にだって当然その対象にいろんな愛はある。はず。見える形にならないだけで。

自分の可能な限り都合をつけて、許される時間とお金と気持ちを捧げてその人を、グループを“担当”する。それが惜しくないと思える存在と出会う。ひとつのことについてひたすらブログとか書ける熱量を持っているの、凄くない?普段普通に生活していてその熱量を維持できるものが私にはない。『好き』のパワーは凄い。そしてだからこそ、そこから離れるときにも簡単にいかないことが多いんだと思う。

ひとくくりで担降りブログといっても、本当にいろいろなパターンがある。

何でもない瞬間で一気に熱が冷めた人、今の自担の姿にどうしようもなく葛藤してその結果他の担当へと変わる人、この人だけ!と思っていたのに雷に打たれたかのように別の人にしか目がいかなくなった人。

みんな確かに過去のあの時あの瞬間は(元)自担に対して爆発的な『好き』を抱いていたはずなのに、まるで幻でも見ていたか頭がおかしくなっていたのかと思うほど冷静に自担を見ている瞬間があるのかもしれない。それに突然気づくと、動揺するし戸惑うし不安になる。いろいろ考えて分析して、最終的に“担当を降りる”という決断を下すのだろう。自分のために。自分が安らかでいられるために。

アイドルからすれば、たくさんいるファンのうちの一人が自分の応援をやめたことなどとるに足りないことかもしれない。担降りがあったことにも気付かないまま(そもそも担降りという現象自体を知らないかもしれないな)歌って踊って演技して、その他のファンを魅了し続けるのかもしれない。

でもファンにとってはそのアイドルが唯一無二の存在だから、どうしようもなくやりきれない気持ちにもなるんだろうなと思う。その人が愛したアイドルは一人しかいないから。似ている人はいても、同じではないから。

『好き』だったものから手を離す瞬間はどうにも切ない。自分から離れることを決めたにしても、まだ『好き』が残ったままになっていることもある。それを越える『好き』と出会ってしまった結果の担変えもある。お金や時間や気持ちをかけてきた分、完全に冷めたときにかわいさ余って憎さ百倍というか、愛憎表裏一体(憎ではなく、関心が持てなくなったという方が近い気もする)という感じでの担降りもたぶんある。

何にせよやりきれなさにけじめをつけるため、自分の気持ちの整理をつけるためにブログを書いてみたりするんだろうなと思う。他担が読んで思わず涙がこぼれそうになってしまうのも、いつか自分にも来るかもしれない“担降り”の瞬間を考えずにはいられないからなのかもしれない。書き手と同じ人を担当していた人なら尚のこと、綴られている気持ちが胸に突き刺さるのだろう。

「アイドルのファンなんて所詮は趣味の範囲内でしょ」という人もいるだろうけど、それが何年何十年と積み重なっている人にとっては最早ライフワークで、もしなくなるとしたらそりゃあいろいろ考えるし気持ちのバランスだって崩れてしまいそうになると思う。

そう考えるとファンがあるアイドルを“自担”にするということ、そして“担当から降りる”ことは、最初の方でも書いた通りやっぱりそれなりの覚悟と熱量があってのことだし、“担当”という表現は相応しいのかもしれない、と勝手に納得した。そんな年明けでした。

 

かわいい恋をしていたい

岡田准一さんの結婚発表から数日経った。自分でもよく分からないが気持ちがざわざわしていてどうしようもないので残しておく。その件について見たくないという方はそっと逃げてください。ついでに去年のことにも触れます。そちらも苦手な方はそっと逃げてください。

ちなみに「結婚」という事実、岡田さんやお相手の方に対してネガティブなことを言うつもりは全くありません。あくまでアイドルグループの一人のファンとして、今回のことやそれに近いことについてぼんやり感じたことや考えていることを書いておこうというだけです。

 

 

12月22日夜、何気なくTwitterを眺めていたらフォローしている方が数名なにやらざわついていた。本当なのかという戸惑いや驚き、そもそもこれはネットに載せていいのか…?というようなニュアンスの呟きがいくつか。V6関連の呟きをする人ばかり見ているので、何があったのかとても気になってしまった。そしてあれこれ見ているうちに、冒頭のニュースとそのフライングの経緯のおおよそを知った。

 

日付指定で届くはずだったファンクラブからの手紙が一部の人にフライングで来ていたこと。その内容について誰かがTwitterで触れてしまったこと。その呟きはすぐに削除されたが内容はあっという間に広まり、上位トレンドにも入ってしまったこと。

 

その夜の時点で確かなものは何もなかった。私自身は発端となった呟きを見ていないし、ファンクラブにも入っていないのでフライングも何も手紙が届くことすらない。だから正式に発表されるまで何も触れないでおくことしか出来なかったし、それまで少なくともTwitterやネットの上で触れてはいけないことだと思っていた。そのときはそういった話題にあまり触れたくないとも感じていた。

しかし翌日の朝一番で、ワイドショーか何かを見たらしい親に「岡田くん結婚だってね!」と言われたし、たまたま出掛けた先の親戚にもその話題を出された。正式な発表はまだされていない状態だったにも関わらず、周知の事実であるかのようにその話題が出た。あれだけたくさんの映画やドラマに出ていた人同士だからそりゃあみんな関心を持つに決まってるけど、なんだかなぁと思いながら曖昧に流していた。この「なんだかなぁ」の正体はまだよく分からない。当日まで漏れることなく発表できなかったことに対してか、発表のタイミングか、はたまた背景にあるあれこれか。全ての岡田さんファンの人たちが穏やかでいられるわけではないことも知っていたし、何にせよ一点の曇りもなく素直に祝福の言葉を言えなかった自分がいるというのが事実だった。

 

ちょっと話はそれるけど、今回の発表でどうしても去年のことを思い出さずにはいられなかった。

長野さんの結婚である。

去年の出来事も最初に知ったのはTwitterからだった。仕事中も動揺で手が震えたし、油断をすると涙が出てきそうだったし、いつも通勤時間に聴いていたV6もなんだか聴く気持ちになれなかった。その夜にあった生放送の歌番組なんて絶対冷静に見られないと思っていたけど、確実なことが知りたくて、きっと本人から何かしらの報告があるだろうと思って、結果ぼろぼろ涙を流しながら観ていた。ちっとも冷静じゃなかった。

発表された直後はこのまま離れてしまうかもしれないと毎日考えていたし、曲を聴く頻度もぐっと減っていたと思う。あのときの歌番組で歌った曲とかラブソングなんて聴こうものなら涙腺崩壊一発アウトな心境だった。それでも私は今もまだ長野さんが好きで、V6が好きで、音楽も聴くし次のコンサートもやって欲しいし行きたいしあわよくばファンサをいただけたらと思ったりもする強欲な女としてファンを続けている。気持ちが常に穏やかになったわけではないんですがその辺は置いておきます。

ジャニーズアイドルのファンになるなんて、しかも好きになったアイドルが結婚するなんて思いもしなかった数年前。その発表でめちゃくちゃ泣くとも思っていなかったし、その後も好きでいられると思っていなかった数年前。人生何が起こるか分からないものだと感心すらした。 

私の場合はこんな感じで気持ちの上下はありつつも「格好いい」「かわいい」「しんどい」「動悸がやばい」などとひゃあひゃあ言っているわけですが、こういったことをきっかけとしてアイドルから離れるのかファンを続けるのかは、(私なんぞに言われなくても皆さん分かってると思うが)自分が決めれば良いと思う。当たり前だけど別に誰の許可も要らないし誰に咎められるわけでもない。

「ファンだから祝福しなければならない」なんてことはきっとない。

「ファンなのに喜べないなんておかしい」なんてこともきっとない。

誰のファンであっても、どこのファンであっても、その人に対しての想いはそれぞれ違うものだから誰にも否定できない。というか私の“好き”の形もあなたの“好き”の形も、誰かが認める認めない云々以前に違っていて当然だと思う。それと同じように離れるタイミングだって違って当然、全部その人にとっては正しいのだと思う。

曲を聴くのも姿を見るのも辛いと感じるのなら、少し別のことに目を向けてみればいい。SNSとかワイドショーやネットの記事を意識的に避けてみたり(完全にシャットアウトすることもなかなか難しいのだけど)、とりあえず仕事なり勉強なりしてご飯食べて寝て、日々の生活を送っていくしかない。別の楽しいことや夢中になれることに出会うかもしれないし、合間合間にたまーに考えてみたり時にはちょっと泣いてみたり怒ってみたり誰かに話してみたりするのもいい。たっぷり時間をかけて、また好きだと思えるのならそれはそれでいいし、完全に気持ちが落ち着いてどうでもよくなって離れるならまたそれもそれです。そういう巡り合わせだったんだろうなと思う他ない。

 

私が応援している人たちはアイドルであり、役者でもあり、一人の男性である。彼らがどんな道を選ぼうと、余程のことがない限りファンがその決定に介入することは難しいし、事実そんなことはほとんど不可能だとも思う。

それでも“こうあって欲しい”とか“こうなって欲しい”という願望を持たずにはいられない。

だって好きだから。

自分(私)が好きになったときの姿でいて欲しいから。

ずっと好きで居続けたいと思うから。

“誰のものにもならないでいて欲しい”と思っていた。結婚することで丸ごと隙無く相手のものになるなんて本気で考えてはいなかったけど、公的に関係性が証明される人ができるというのは大分なんというか、うん…ダメージが来るね…という感じだった。

自分が相手と本気で付き合えるとか、そんなことは思っていない。でもやっぱり寂しくなったり辛くなったりしてしまうのは、擬似的に恋をしていたからなんだろうなと思う。高嶺の華で手が届かないめちゃくちゃ素敵な先輩に対して抱くような、そういう少女漫画でよくあるような淡い色のかわいい恋をしていたんだろうなと。終わり方も直接告白してフラれるんじゃなくて、噂とかでお相手がいることを知ってしまって(あぁ……)みたいな。それでもやっぱり素敵だし嫌いになんてなれない、みたいな。

 

また何を言っているのか分からなくなってきたぞ…。

 

もちろんその人が望んで、その人の思う幸せを手に入れて、さらに魅力的になってくれるのならそれはそれで嬉しいよ。簡単な決断ではないと思うし、それ相応の覚悟の上での発表だろうし。綺麗事でしかないかもしれないけれど、アイドルとしてではなくても幸せでいてもらいたい。ただ、その前と後では必ずしも同じように見ることは出来ないなと考えることもある。アイドルとしての姿だけを見ていたいから、別の姿は見せないでいて欲しいと思う瞬間もある。全ては私のわがままで、自分で自分の目を覆う必要だって出てくるんだろう。

何事においてもこの世の中に“絶対”など存在しないんだと思う。

私だって来年は違う人たちを追いかけているかもしれないし、(可能性としては現状大分低いとは感じているけど)ジャニーズから完全に抜け出しているかもしれない。転がり落ちて底無しだと思った池が実はちょっと深めの水溜まりだった、なんてことも、うっかり足を踏み入れた泥濘から抜け出せなくなることも充分にあり得る。

明日も明後日もその先もかわいい幸福な恋をしていられると信じているけど、いつかそれが夢だと気づくかもしれない。いつになるか、何がきっかけになるかはたぶん誰にも分からない。

ときどき夢だと気づく瞬間があっても、私が今こっそり抱き抱えているかわいい恋は簡単に捨てられそうもない。その形や色や暖かさをすぐに嫌いになんてなれそうにない。飽きるか変化についていけなくなるか、その理由が何になるかは知らないけれど、分かっているのはいつさよならをするかは私が決めるということくらいだ。

 

アイドルとファンって、難しいもんですね。

おいしくごはんをたべよう

V6の長野博さんが好きなんですけれども、長野さんと言えば“食べ歩き年間1000軒”、“豊富すぎる知識”など、ご飯に関することがよく話題になりますね。

焼肉屋さんを肉の部位でハシゴしたり、四川料理食べに中国まで行っちゃったり、時には食レポでシェフから驚かれるほどの分析力を見せたりしています。まさに“食の変態”。あまりに詳しすぎる情報量と熱のこもったコメントで若干他の人から引かれてないかな…と余計な心配してしまうこともありますが、彼の根底にあるのは“おいしいものが好き”というシンプルな気持ちです。調理師免許取ったり野菜ソムリエの資格取ったりするのも、すべて“おいしいものが好き”だから。仕組みや素材を知って更においしいものを楽しもうというその発想が理系だなぁと思う。

なんにせよ自分でも美味しそうなご飯を作り、美味しそうににこにこ食べてる長野さんの姿はもうそりゃあ見ているだけで穏やかな気持ちになりますし、今回のツアーでメンバーともいっぱいご飯食べてるって話を聞いて「よかったねぇぇぇぇ」と、どこぞの親戚のおばちゃんみたいなことを思いました。

それにしても長野さんって本当に「かわいい食いしん坊」という言葉が似合う。一生食いしん坊でいてほしい気もするし、正直ちょっと待って落ち着いてって思うときもある。(ex:巨大馬の脳みそ、ウーパールーパー)

 

好きな人の好きなものは好きになりたいタイプの分かりやすい人間なので、長野さんを好きになってからご飯屋さんの情報収集に関心を持つようになりました。彼のように「新規開拓する気持ちで片っ端からお店を巡る」までの情熱も財力もありませんので、「自分が好きなもので美味しいと評判になっているお店に行ってみよう」というスタンス。

味覚がお子さまなので好物も子どもじみています。辛すぎるものや苦すぎるものは得意ではない。たぶんご飯もので一番好きなのはオムライス。「ポムの樹」が好きです。スタンダードなタイプもクリームソースタイプも和風も良い。最近ラーメンも好きになってきました。「博多ラーメン鶴亀堂」という愛知にあるお店のラーメンが美味しかった。どうも私は細麺とんこつ味が好きらしい。蕎麦もうどんも食べられます。パンはクルミパンが好き。ということで美味しいご飯屋さん情報お待ちしております。

もちろん長野さんが行ったお店はめちゃくちゃ気になってるんですが、如何せん数が膨大すぎて…。追い付きませんよね…。グルメ番組に出るとあっちこっちのお店の話出してくるから最早長野さんは歩くぐるなびなのでは。新規情報追加してるところに遭遇したい。

はっ…ナビノさんは車の運転だけでなくご飯のナビもしてくれるのか…!?(閃いた顔)

それにしても本当にどこで何食べてんのかなって思うけど、まあ何でも食べそうだな。食いしん坊だから。かわいい食いしん坊だから。ところで最近まだ痩せてるらしいと聞いて心配。もっとご飯食べてほしいしゆっくり寝てほしい過保護なファン。リアルタイムで長野さんの状況を知ることが出来ない環境なので(訳:よじごじ未放送地域在住)、水曜日はそわそわしてます。見られる方は積極的にTwitterで「まだほっぺのお肉戻ってない…」とか「ふっくらしてきた!」などと呟いてくださるともれなく私が喜びます。

 

もともと食べることは好きだったし、長野さんを好きになってから以前にも増して美味しいものを食べるのも、美味しそうにご飯を食べる人を見ているのも好きになった。一人でゆったり食べるのもいいけれど、一緒に食べてくれる人がいて、更に楽しそうなら尚良し。会話の有無は状況にも依りますが、あれば楽しいかなって思うことは多いです。あと相手を不快にさせないような最低限のマナーとかエチケットは弁えようと気を付けています。お互いが気持ちよく楽しく過ごせるのが一番ですし。それでも私自身食器の使い方が下手とか食べ方が雑とか、隠しきれない部分もあります。改善する努力はしているつもり……。

食事って言ってしまえば“生きるために欲求を満たす行為”なのでその人の素が出るし、デートなんかで「ごはんでもどうですか?」から入るのもそういう理由なのかなぁと思ったりします。ご飯というだけならそんなに構える人もいなさそうだし、特殊なことをするわけでもないし、遠くに行くわけでもないし、割りと気軽に誘いやすいし誘われた側も乗りやすいのかなぁ。

 

単純な人間なので美味しいものを食べれば幸せになれるし、「明日も頑張ろう」とか「まぁ何とかなるかな」とか前向きな気持ちになることも多いです。腹が減ってはなんとやらとも言いますし。

お腹が空いて不機嫌になることはまずないんですが、元気は確実になくなる。元気がなくなると何もしたくなくなるし、思考がマイナスの方向に進みがちです。ただでさえ普段からネガティブなのにそれはあんまりよろしくないなぁと思うので、元気がなくなってきたらチョコとか飴とかポリポリ小魚を食べます(ただの間食)。

 

美味しそうに食べる人、きれいにご飯を食べる人って他の場面でもきっと良い印象を人に与えるだろうなぁと思います。そして一緒に食べたいなと思える人がたくさんいるとそれだけで元気に、穏やかに過ごせる気もします。

私も他人から「この人と一緒にごはんを食べたい」と思ってもらえるようになりたいなぁとぼんやり思いながら今日も美味しいものを求めてネットの海を漂うことにしましょう。

今度は何を食べようかなぁ。

V6 13th album「The ONES」感想

ライブのパンフレットまだ全部見られてないんですよね…。インタビューは少しずつ読んでるんですが、人の顔が写った静止画があまり得意ではないというよく分からない弱点を持っているので、あのサイズで綺麗な6人の写真バーン!!!と載せられたらもう閉じるしかない。かっこよすぎて心が持たない。死因がパンフレットになりかねない。うちわだってイラストの方ばかり自分に向けてますからね。

そんなことはどうでもよくて、今回はV6の13枚目のオリジナルアルバム「The ONES」の楽曲について感想を書きたいなと。今更ですけど。このアルバムを引っ提げてのツアーも無事にオーラスを迎えましたが、まだまだレポを見返してはにやにやし、ライブを思い出してはペンライトを振りたくなる余韻に浸る日々を送っているのでせっかくなら残しておこうかなと思った。大概冷静じゃないし頭悪そうな感想しかない。

□V6 13th album「The ONES」概要

発売日:2017年8月9日

初回生産限定盤A(CD+DVD/Blu-ray)¥4,500+tax

…特典映像:全楽曲14曲のMV+「太陽と月のこどもたち」MV

初回生産限定盤B(CD+DVD)¥3,800+tax

…特典映像:『テレビ朝日ドリームフェスティバル映像』+『カミセンvsトニセン!沖縄VR対決』

通常盤(CD)¥3,000+tax

…楽曲14曲+「会って話を」(20th Century)+「Get Naked」(Coming Century)

悩みに悩んだ結果、会場限定特典(待ち受け画像)につられて初回Aを買いました。でも他の特典もトニセン曲カミセン曲も欲しい。今回は全ての形態に収録されている14曲の感想を書きます。収録順です。あと念のため、音楽知識が乏しい人が聴いたイメージと感想ですのでよろしくお願いします。ちょろちょろライブの話とかMVの話とかにも触れているので気にする人は気を付けてください。

 

□『never』

静かに追いたてるような秒針のカチカチ音から始まる。途中で“ピピピッ”という電子音が入るのですが、最初にMステかなんかでこの曲を聴いたときに家のタイマーが鳴っているのかと何度も振り返ってしまった間抜けは私です。

歌い出しの長野さん三宅さんが良い。柔らかな長野さんの声とアクセントになる三宅さんの声の重なりが絶妙で、この二人の曲出ないかなって思ってる。というかV6全コンビの曲を集めたアルバム出してほしい…。どの組み合わせだって聴きたいんだ私は…。

「もう今をごまかせない」「もう今をいつわれない」から最後の「もう今をごまかさないに変わっていく歌詞がグッとくるポイント。何度も背を向けて同じ場所に留まって、“重ねてきた過去との対峙”を経て目を背けていた“今”と向き合う覚悟を決めたことがこの“ごまかさない”という言葉で表れているんだなと思った。最新アルバムが“時間”とか“過去”を意識させる曲から始まるんだな。間奏も格好いいし、MVでがしがし踊るV6も格好いい。

ところで「長野くんプロデュースだと思って長野くんに思いを馳せながら歌った」っていう話をした井ノ原さんに、是非どの辺りでそう感じたのか詳しく教えていただきたいなと思ったのは私だけですかね。

 

□『刹那的 Night』(岡田准一プロデュース曲)

西陣織という伝統芸術と映像技術の駆使したMVに“過去と未来の間にある現在”を感じた。歌詞を見ていて気になったのが「一瞬を駆け巡ろう」「この今 楽しもう」という、“瞬間、現在”を強調するようなところ。タイトルが既に『刹那的 Night』だから当たり前っちゃ当たり前なんですけど。プロデュースに関して「僕がやったのは人集めだけ」みたいなことおっしゃってましたけど、これだけの人集められる岡田さん凄くない…?と思いました。

電気グルーヴ石野卓球さんの作詞作曲とのこと。ピコピコ感とバンド感(?)のバランスが良い。韻を踏む歌詞のリズム感が好き。初めて聴いたときは「本当にV6?」と思ってしまったんですが、クセになるというか。これだけひたすら聴いてるときとかある。めちゃくちゃノリノリなのに人間味がない(語弊)というか、あまり歌っている声に感情や熱を感じられない淡々とした感じなのが良いなぁと思います。たまにアンドロイド感があるV6が見たいと思うときがあるんですが皆さんないですか…そうですか…。

「指をならせ!」の後のクリック音に合わせて毎回指鳴らしちゃうのはしょうがないよね。鳴らせって言われるんだもん。後半の井ノ原さんソロ部分「タンバリン打ち鳴らし~完全になし崩し」の歌い方が好きです。井ノ原さんの声ってはっきりした輪郭がないというか、毛足長めで手触り抜群のフリース素材みたいなフワッとして、でも裏地はしっかりとしているみたいな印象。滲みがあるとでもいえば良いのか…?

チームラボ映像の中で西陣織衣装でかっこよくきめているのもめちゃくちゃ好きなんですが、詳細が明らかになる前に歌詞だけ聴いて想像した“タンバリン持って6人で踊ってるところ”も見てみたい。こんなかっこいい曲なのに絶対みんなふざけはじめるでしょ。無駄にシャンシャン打ち鳴らしてうるさがられるでしょ。そういうもちゃもちゃしたV6も見たい(盛大な妄想と願望)。ひっそり待ってます。

 

□『SOUZO』

ディスコ、回るミラーボール、バブルというイメージの完全なるイケイケパーティーソング(※個人の見解です)。爆音で聴きたい。好き勝手踊りまわりたい。絶対楽しい。派手目のお兄さんお姉さんがいっぱいいるダンスフロアーが目に浮かびます。こういうポップすぎるパッパラパーな曲調で踊る姿大好き。(深刻な表現力不足)

カミセンの声がすごく映える曲だなって思う。三宅さんの「Hey Lady」が好きです。車で聴いていても部屋で一人でもイェーイ!って合いの手入れたくなっちゃう。不審者でしかない。岡田さんのラストの「ダメダメ想像~」も良い。森田さんの「何急に?」「今からでも遅くないよ」の“よ~”の歌い方が好き(伝わりづらいポイント)。

魅惑的な女性にさんざん振り回されて“やれやれ困っちゃうぜ…(でも満更嫌でもない)”みたいな男性の歌なんですが、こういうタイプの曲ってあんまりなかったのかなって思ったので新鮮でした。そもそもV6が振り回されてるところが新鮮。MVの渡辺直美さんとのコラボも良い。インパクトがすごい。振り回されてる感が半端ない。というか焼き目をつけた玉ねぎスタンバイさせる長野さん何なの…?なんで玉ねぎ持ってあんな顔するの…?かわいいが過ぎる…。

 

□『Beautiful World』(46thシングル)

パステルカラー、光に溢れる風景、まるで日向。シャボン玉のような光の粒が輝きながら漂って空へ昇っていくきらめきがある。秦基博さん作詞作曲ということだったんですが、流石というかギターが優しくて美しいなと思いました。

恋の歌にもとれるし、仲間がいる素晴らしさを称える歌にもとれる。「ほら 今 君となら 世界はこんなに美しい」なんて素面じゃ恥ずかしくなりそうなストレートな歌詞。でも誰かがいることで世界が美しくキラキラして見えるなんてすごく素敵なことじゃないですか…V6がいればファンの世界は輝きますよ…(盲目)。

冗談抜きに好きなものや人がいれば楽しい日も心穏やかに平和に過ごせる時間も増えるし、前向きになろうと思えることもあるし、それこそ“この世界は美しい!”なんて言えちゃうような気分になることもあります(実際言わないけど)。落ち込むこともいっぱいあるし気づかないうちに細かい傷はいくらでもつく毎日だけど、こういう曲があれば疲れたときに「もうちょっと頑張ろうかな」とか、「明日は少し明るくなれるかな」とか思うじゃないですかー!やだー!そう言ってくれる人に私も出会いたい(?)

 

□『Cloudy sky』

アルバムの中では、一番“正統派ジャニーズアイドル・V6”が強く出ているような気がした。作詞が秋元康さんだからかもしれないという根拠なき理由。爽やかに前を向いて、笑顔で、力強く歩いていこうぜという曲です。

「振り向けば あの頃 いろいろあったけれど」 を坂本さんに割り振ったのは「おぉ…」と思った。そこ聴くたびに本当にいろいろあったんだろうね…というしんみり?しみじみ?した気持ちに一瞬だけどなってしまう。あれ?歌ってるの坂本さんですよね…?これで違ってたら恥ずかしいな…。天気の良い日にドライブでかけたら気持ち良さそうだなと思う。聴いていると晴れ渡った青空が浮かぶのに、タイトルは『Cloudy sky』なんだよなぁ。

アルバムの中では割りとさらっとしたタイプなのかなと感じた。しかしそもそも“さらっとした曲”とは…?自分の中でもよく分かっていないのであくまでも感覚です。他の曲が軒並み「えっ、そうくるの?」みたいな感じなので余計にさらっと感じてしまうのかもしれない。

 

□『DOMINO』

出だしの低音が好きで合わせて手拍子したくなっちゃう。1分40秒という短さとインパクトがある曲調。実は初めて聴いたときから「あっ、なんか(好きかも)」となった曲です。全体的に不穏。歌詞も全然明るくない。1歩間違えたら不快に感じそうな和音。暗くどろりとして粘度高めでまとわりつくような響きで構成されている。歌声は割りとキーが高い分、そこの差がすごいなと感じた。

些細なことから起こる関係の崩壊と、それを再構築しようとする歌詞なのかな…。小さなズレやぶつかり合いからドミノのように次々と連鎖が起きて崩れていくものを前にして、どうにもできない自分がいる。それでも何度崩壊しても、これが最後だとしてもまた並べて積み重ねていく、という。

個人的に思ったのは、直前の曲が『Cloudy sky』という割りとジャニーズど真ん中みたいな曲だったので、ほとんど真逆のような不穏な曲で“きらきらしたアイドル・V6”のイメージを壊してやろうとしている気がした。アルバムを通して聴いたとき、ここの2曲の落差激しくないですか…?ほんとに同じ人たちが歌ってんの…?って思う。常に前向きで明るくていつもきらきらしてるばっかりのアイドルじゃないぞ、っていう…。伝わっている自信がまるでない…。

 

□『Round & Round』(長野博プロデュース曲)

プロデュース曲は歌い出しがその人の場合が多いと思うんですが、これは坂本さん始まりなんですね。そして割りといつでも自分をしっかり失わないところがあると思っていた長野さんがプロデュースした曲の歌詞が「真実は どこにあるの?」「俺は誰? 誰が俺?」「不実な言葉が 無意識の中」なんて不安定な内容になるとは思ってなかった。どこまで関わっているかよく分からないし、たぶんそんな意味はないんだろうけど、コメントでよく言っていた「仮想世界と現実世界の境界が~」の中には、“アイドル・長野博”と“個人・長野博”の分離や混同も含まれているんじゃないかと一瞬思ってしまった。でも長野さんはそんなことないかな…きっちりスイッチしてそう、プライベートまじで見えないし…ナゾノ博…などと勝手に考えて一人でざわざわしてしまうファン。

イントロとアウトロが格好いい。そして長野さんがガンガン踊れそうな激しめの曲調なんだ…という驚き。もっと穏やかな曲かと思ったから。あと最後の方、「Round & round 探し続けてる」で、6人の声だけになるところが好き。

 

□『Remember your love』(三宅健プロデュース曲)

「一言でいえば失恋ソング」との三宅さんのコメント通り、彼女から別れを告げられてそれを受け止めきれていない男性の後悔と未練たらたらな歌詞(ひどい言い方)。

ライブでは一番この曲で泣いていた。なんか分からないけどすごく涙腺を刺激された。別に失恋してないけど。欠けたもの自体を愛しているのか、美しく補正されてしまった思い出の中の姿を愛しているのか混同していそうなところが「これ私じゃん…?」ってなったのかもしれない(意味不明)。本当にひとつのものしか見えてないときだってあるし、それがだめになって思い出しては悲しくなったりすることだらけじゃないですか世の中。あのときこうすればよかったのかとか、今更手遅れなんですけど、それを分かっていても考えずにはいられないようなとき。過去にとらわれてる姿が浮かぶ

サビの6人のハーモニーが綺麗すぎる。そして坂本さんが歌う「胸にささる針を抜く」が好きすぎてめちゃくちゃ真剣に聴いてしまう。その結果胸の辺りから骨1本くらい抜かれてるんじゃないかっていう感覚に陥ることもある。恐怖。針を抜いたところでその針を捨てて穴を塞がなければ本当に立ち直ったことにはならない気もするんだけどね。最後の「君のこと 憶えている」の三宅さんの声の残り方が名残惜しい感じですごく好き。引きずってる感じがめちゃくちゃ出ている。

 

□『Answer』(坂本昌行プロデュース曲)

 出だしから震えた。じわじわと静かに始まるイントロからの坂本さんの「Break」、そして高らかに伸びていくフェイクが閃光のように闇を切り裂いていくのが見えた(幻覚)。一転して森田さんの声はまるで嵐の前の静けさのように抑えられている。そこから他のメンバーの声が入っていってだんだんと盛り上がり(というか荒ぶっていき)、サビでは全員がエネルギーを爆発させて全力で叫ぶように歌うのがめちゃくちゃ好き。ロックテイストで本当に格好いい曲だと思った。

「白か黒か答えなんてない 決めるのはいつも自分次第 他の誰でもない」「積み重ねた足跡が証 That's my Answer.」を坂本さんが、V6が歌うのはすごく響いた。22年の歴史を積み重ねてきた“今”が、葛藤や迷いを経て彼らが選んできた“答え”なのだと言われているような気持ちになる。あと長野さんの曲がどこかにあるはずの真実を探し求めていたのに対して、坂本さんの曲が「正解なんて自分で決めるもんだろうが(ニュアンス)」と対照的ですごくぐっとくる。薄々お気づきかと思いますが坂本さん・長野さんのコンビがめちゃくちゃ好きです。もちろんどんな組み合わせも大好きなんだけどさ…!

ライブでは、この曲は装置にメンバー一人一人が乗って歌うんです。段違いになっていて、一番上にくるのが坂本さん。暗闇の中でスポットライトを浴びて空間を切り裂くような真っ直ぐな力強い声で歌う姿にすごく帝王・坂本昌行を感じて、この人がリーダーだ…!とめちゃくちゃ震えた。鳥肌が立った。坂本さんの声が好きだなぁと改めて思った曲でもある。

 

□『Can't Get Enough』(47thシングル)

初めてイントロ聴いた時点で何これ超格好いい…!!と痺れた。単体でももちろん大好きなんですが、アルバムの『Answer』から『Can't Get Enough』の流れが個人的に最高で抗えない。“格好いい大人なV6”を表した曲だと思う。

今までになかったような洋楽っぽい雰囲気で歌詞も一部英語です。低音は問答無用で格好いいしファルセットも素敵。深刻な知識不足と語彙不足で名前が分からないんだけど、低音をズンズン効かせてるのが良い。森田さんの「誰も知らない一面を見せたら」を聴いて「はっ…!?森田さん…!?もりたさ…!?!?」と動揺した。知ってたけど良い声していらっしゃる…。MVで踊ってる姿ももうとんでもなく格好いいからいろんな人に見せて回りたい。6人が6人とも格好よくて目が足りないから!!ほんとに!!嘘じゃないから!!私の言葉じゃ余すことなく伝えられる自信ないから!!見て!!何回でも見て!!

ライブではオープニング映像終わって一発目がこの曲で、本気で立っていられなくなるかと思った。イントロが始まった時点で頭は真っ白だし、可動式のモニター装置が左右に分かれて、間からスタンバイしたV6のシルエットが見えたときはもう刺激が強すぎて声が出なくて周りの「ギャーーーーーーーーー!!!」に完全に飲み込まれていた。あれはキャーではなかった。

 

□『ボク・空・キミ』(森田剛プロデュース曲)

全体的に派手な演奏があるわけでもなく、6人の歌声もとても静かで穏やかでゆったりとしたテンポの曲。

「君が君で 今いること 僕が僕で 産まれてきたこと 当たり前が すごく愛しい」というサビのところでぽろぽろ泣いた。温かい毛布でくるまれて、それまでの自分のすべてを認められて赦されて、何も怖いものが訪れないと約束されている微睡みの中にいるような気持ちになる。羊水の中で丸まる胎児のように、愛する人の腕の中で眠りにつくように、静かで温かな愛に包まれて護られていると思えるような安心感。知らないうちに心がほどけて、大袈裟ではなく幸せすぎて涙が出る曲だった。

試聴したときの第一印象は「安らかな眠りにつけそう…」という何ともあほみたいな感想だった。それは今も大きくは変わっていないんだけど、安心して眠りについて、目覚めたときにはきっと優しいもので満たされて歩き出せるんだろうなと思った。歌詞と曲調と歌い方とが重なりあってそう感じたんだろうな。森田さんプロデュースなのはなんか意外だったけど、本当に歌い出しの声が優しくて何度聴いてもあぁ好きだなぁってじんわりしてしまう。井ノ原さんの「誰もいない~閉めてしまわないで」の歌い方が本当に一人ぼっちで寂しそうで苦しくなるし、長野さんの「見上げた空 青の蒼さに 胸が少し震える」のビブラートにいつもこっちも震える。あとアウトロの意外にあっさり消えていく感じにめちゃくちゃ名残惜しくなる。もうちょっと聴きたい…(そして再び再生する流れ)。

 

□『COLORS』(48thシングル)

長野さんの「誰かと比べて泣いてないで 君だけの光を見て」の声の優しさに余計に泣ける。そして『ボク・空・キミ』の次にこれを持ってきたところがもうなんか好き。よく見たら作詞が同じ方でした。顔をあげて、目を開いて、ちゃんと自分を見てあげようって気持ちになれます。裸足になって柔らかな草の上を駆け出すような、優しい光で満ち溢れた世界へ走って向かっていけると思える曲。

壮大で美しいストリングス、聴き手に語りかけるような歌詞、時にそっと背中を撫でて前に押してくれるような歌い方、最後のサビで音が上がって明るくなるところが好き。視界が一気に明るく開けていくような気分になる。合唱曲とかにしてもとても綺麗なんじゃないかなと思った。中学時代は校内合唱コンクールがあったんですが、その時に候補曲だったら歌いたいもん、これ。

岡田さんが「仮面を外した姿 人に笑われるのが怖いの?」「偽りのない僕を さらけ出して行くんだ」と歌うところがとても好きです。外では俳優としていろんなものを背負っているであろう彼が、V6では“最年少で末っ子の岡田”として自由に気負いなくいられるのかなぁってことを思うと、遥かに年下な私ですがもう親みたいな気持ちになる。それこそいつかの森田さんみたいに「何も考えずに笑っていてほしい」と思います。お兄ちゃんたちにいっぱい構ってもらいなね…(?)

 

□『レッツゴー6匹』(井ノ原快彦プロデュース曲)

タイトルがかわいいな!6匹…6人じゃなくて6匹…まるでブレーメンの音楽隊…?作詞作曲担当はレキシ(池田貴史)さん。リハーサルのような井ノ原さんの「始まるよ~」からメンバーがハモり始め、話し声が入っちゃったりする緩い出だし、好き。若干しんどそうな高い声で「始まるよ~」する坂本さん、好き。ハモり終わって思わず拍手しちゃってそのままそれを使っちゃうようなところ、好き。

ニゾンで歌う明るくて楽しい曲で、今までのV6の今までの曲名が歌詞のあちらこちらにちりばめられているのが面白いなぁ。あとこれ聴いていると、6人の声の重なり方ってすごく馴染むなぁって感じる。境目が解け合っているような。

最後が「終わります~(そして井ノ原さんの「終わりました」)」なのもポイント。そうやって終わるんだ!?ってね。聴いていてこっちまでふふって笑顔になっちゃうね。超仲良しじゃん…。みんなで肩組んで楽屋で歌ってくれてて良いのよ…。というか私は楽しそうにしているV6を見るのも聴くのも好きすぎる。

 

□『The One』

ここまで長い道のりを歩いてきたV6が、更にまだ「共に共に歩んでいこう Be together We are the one」って歌ってくれるんですよ、そんなの泣かないわけがないじゃないですか!?(号泣)V6とファンのことを思って作った曲ということだったけど、それを考えながら聴くとなおさらぐっとくる。「どんな時も きっと僕ら乗り越えて行こう」の“僕ら”はV6自身のことであり、6人とファンのことなのかな。

新規ファン故に知らないだけで順調なことばかりではなかったと思う。例えばコンサートやリリースの間隔が開いて、個人での活動がグループ活動より増えて、解散疑惑が何度か持ち上がって(これをまともに受け取ったことはないし、“いい加減なことを言うんじゃねぇ!!”という気持ちは常に持っている)、それでも私が思い浮かべるV6は6人で、笑ってくれている。

いろんなことを乗り越えて、今こうして一緒にいてくれる。それはきっとファンが知り得ないところで彼らがそういう選択をしてくれて、関係を維持してくれているからなんだと思う。

当たり前のことだけどグループの存続はファンの数や意見だけではどうしようもなくて、メンバーの意思や努力があってこそのものだと思うから。

数年前にV6を知って追いかけ始めた私にとっては、“ここまで続けてくれて本当にありがとう”という気持ちでいっぱいになる曲で、“これからも一緒にいさせてね”と願いたくなる曲です。ライブのアンコールでこの曲を歌うとき、にこにこ笑いながら6人でみっちりくっついて揺れていたあの姿をずっと見ていたい。“過去”と向き合うような『never』から始まり、「共に共に歩んでいこう」と、ファンを含めてくれた“未来”を照らす『The One』で終わることに気付いて泣いた。

最後に、“s”がつくアルバムタイトル「The ONES」と、“s”がつかない楽曲『The One』について。この違いはなんだろうとちょっと思っていたんです。かすかすの頭とない知恵を絞って出た解釈は、複数の“個”(各メンバープロデュースの楽曲や、その協力者)が集まってひとつの大きな固まり(=アルバム)になったものを示すのでアルバム名は「The ONES」と“s”がつく。一方の楽曲は、V6という“個”の中に最初からメンバーやファンがあることを示しているから『The One』と“s”がつかないのかな、というものです。集められまとめられたものの集合体と、既に内包されたものという違いなのかな…。根拠も何もない完全なる個人的解釈ですので「何言ってんだお前」って感じになりますけどね。

 

普段から自分の涙脆さは自覚しているんですけれど、このアルバムは至るところで泣いた。書いた感想を読み返してみたら、勝手な解釈や私情を挟みまくってて若干自分でも引いたけど許していただきたい。

書こうと思ってから改めて1曲1曲歌詞を見ながら何度も聴いて、全体を通してまた何度も聴いて(「その結果がこれかよ」とか言わない)、そしてV6めちゃくちゃいいなと強烈に思った。“個が集まって、大きな個体になる”という正にその通りじゃないか。すごいなこれ。

個々で活動をしててもそれを養分にして絶対に“帰ってきてくれる”と思えるし、彼らが楽しそうにしてくれているのが一番でそんな彼らを可能な限りずっと見ていたいし、踊っていようがいなかろうがV6だから好きになったんだろうなぁとしみじみ思った。

ということで、

V6の13枚目のアルバム「The ONES」、絶賛販売中です!!!!!!みんな聴いてね!!!!!!

それにしても私、坂本さんの話しすぎじゃない…?完全に恋してるんじゃない…?