箱形の非日常

ある時、友達からミュージカルを観に行かないかと誘われました。同級生が出演しているそうで、彼女自身何回も観る程好きだというそれは劇団四季オペラ座の怪人』でした。

それまで演劇・ミュージカルにはさほど関心を寄せていませんでした。劇団四季の名前はさすがに知っていたしちょっと楽しそうだなとは思っていたけど、(チケット高いな…)(台詞の途中でいきなり歌うの?あらすじよく知らんけど平気かな?)と手を出してはいなかった。結論から言うと、この先これと同等か更にちょっとお高めなチケットを買ってほいほい東京に行くような人間になります。人は変わるものです。

 

栄にある四季劇場まで、照りつける日差しの中を2人で歩いていった。ロビーにはたくさんの人がいた。家族で来ているような人たち、ご婦人数名のグループ、カップル。年齢層も様々。

せっかくだから、と友達と相談して舞台に近い席を購入していた。上手の端寄りで若干見えづらい部分もなかったわけではないけど、セットがすごく近く感じたし足音や衣擦れの音も聞こえてきたりして、「あぁ、そこに確かにあるんだなぁ」とちょっと震えた。歌声は美しく響き渡って、台詞は鋭く飛んでいくように感じた。華やかな衣装と舞台セットはとても素敵で、最後には悲しく辛くやりきれなくなってしまった。感情移入が激しい。これより前にも同じ友達と『美女と野獣』を観たことがあったんだけど、市民会館で観たそれとは当然ながらまた違っていて、正直予想以上に面白かった。終わったあとに記念公演のCDを借りてしばらく通勤中に聴くほどだった。内容については有名すぎるほどのものだし、恐らく他に詳しい方がたくさんいらっしゃると思うのでそちらへ…。思い出したらまた観たくなってきたので行こう…。

 

まだそんなに回数観てるわけではないんですが、お芝居を観に行くと、入場してから開演までの間は座席で照明や舞台セットなどを見てしまいます。上を見たり横を見たり、どうなってるのかなときょろきょろしていて完全に不審者かお上りさんか子どもです。そして目を閉じて席の座り心地や反響するざわめき、観客の興奮で少し淀んでいるような空気を感じていると、自分もその中に少しずつ入っていけるような気がしています。

開演時間になって場内が暗くなり、ざわめきが静まり、明るく舞台が照らされたら自分はいなくなる。昨日まで、あるいはついさっきまでの仕事や雑事や人間関係で摩耗したような日常がどんどん遠く薄くなって、体が徐々に透けていって、視覚や聴覚だけがすっきりと冴えて残っているような気分になる。終わって客席が明るくなれば、頭や体の重さと手足の感覚が途端にぐぅっと戻ってくる。接続不良みたいなぼーっとした頭で、いつまでもこの感覚に浸っていたいと思ったりする。席を離れるのが惜しくて、何度も振り返って舞台を見つめてみる。そこにもう誰もいなくても、先程までの非日常がまだ漂っている気がして。

劇場、という空間のあの空気は何かが違う。扉1枚で非日常になる。向こうには私たち観客の目に見えない稽古の日々を駆け抜けた役者と、その中で輪郭を持った“何か”がいるんだと思う。箱形の非日常に飲み込まれて翻弄されて再び日常へと吐き出されて、それが毎回私にとっての所謂“当たり”かどうかは分からないけど、もっとたくさんのものに触れたいなぁと思います。

 

舞台の楽しさや魅力に気付くのが遅かったと思うときも多々あります。もっと早く知っていたら、あれもこれも見られたかもしれないのに、って。でもそんなことは今言っても仕方ないので、これからのものを楽しみに生きていこうね私!!今度は観た記憶がちゃんとしているうちに真面目なレポを書きたいものです。