ある曲についての覚え書き

ここ数年、夏になると聴きたくなる曲がある。

別に聴こうと決めているわけではないのだけど、梅雨が終わって気温が上がって蝉が鳴き出すような時期になると何故だか聴きたくなる。プレイリストからほとんど無意識のうちに探していたりするときもあるから不思議だ。

 

私がこの曲を知ったのは高校生の頃だったと思う。音楽を積極的に聴くようになったのがこの頃で(と言っても幅も狭いし浅いし全く詳しくはない)、友人から薦められたうちのひとつだったような気がする。

四季を基調として作られた連作の中の1曲だが、この曲の中には夏という単語はどこにもない。歌詞を見てもタイトルの単語くらいしか季節が連想されるものは出てこない。それでも聴くたびに「あぁ夏だな」といつも思う。

キーボードのきらきらとした音は照りつける真夏の日差しの欠片のようで、アウトロはうわんうわんこだまする蝉時雨みたいに余韻を残しながら消えていく。目が痛くなりそうな程の青と白のコントラストの下、時間をもて余している夏休み。日差しの強さに頭がぼぅっとして、アスファルトからぐらぐらと立ち上る熱い空気に包まれて、周りの音が全て蝉の鳴き声にかき消されてしまったような中にいるいつかの自分。そんなものを想像する曲だ。

 

この曲を歌っていた人はもういない。いなくなったのは冬の日だった。夏とは正反対の季節。静かで、重く暗い色をした雲がかかる空と肌を刺す冷たい空気で何もかもが縮こまってしまったように感じる季節。

知らせを知ったとき、確かひっそりとした学校の図書館にいて、分厚い冬用制服の上にカーディガンを着ていた気がする。もしかしたら全く違う場所だったかもしれないけれど、その人を思い出すときに浮かぶのは何故かこのイメージだった。

聴き始めたばかりだったのにな。

もっと早く知っていたら良かったな。

もうこの人の新しい声は聴けないんだな。

そう思いながら冬を越して、春を迎えて、雨の季節を過ぎて夏が姿を見せたときにまたこの曲を聴いた。やっぱり夏だと感じた。その人の不在を強く感じた。暑さに強くはなさそうな顔をした彼は夏生まれだった。

 

当然ながら曲自体はいつでも聴ける。いつ聴いても好きだなぁと思う。だけど一番似合うのはきっと夏なのではないかと思う。

夏をテーマにした曲によくある、弾けるような明るさはない。一夏の恋とかそういう曲でもない。歌詞に特別ドラマチックな展開もない。目の前の光景を淡々と述べるような言葉選びで、感傷的にさせる表現を連ねるわけでもないのに心の隅がそわそわする。ずっと昔、無防備に肌を焼いていた頃の自分がふいに顔を出すような気がする。暑さで頭がやられてしまったときに見えた、懐かしい幻を歌ったような曲だと思う。いつかの私や、いつかの誰かの夏の日を思い出させる歌だ。

 

あれから何年か経って、あの人がいなくなってからもそのバンドは活動している。多少環境は変われど私の生活もとりあえず続いている。あの頃と変わらず暑いのは得意ではないし、これと言って具体的な理由も思い付かないけれど夏は割と好きだ。

きっとこれからも気まぐれに口ずさんでは何かや誰かを思い出して、ちょっとだけ感傷に浸って、でも明日には何にもなかったように生活を続けていくのだろうな。雨が止んだら外に出て、目が眩むほどの日差しと蝉が大合唱する季節を歩いていきたいなと思う。

今年も夏が来ましたね。