きらきらと備忘録

感想メモとひとりごと

木曜日、夜風と二人のストーリー

自動車で通勤をしている。日が暮れるのが早くなり、だいぶ涼しくなったこの頃は運転席の窓を少し開けておくのが心地良くて好きだ。開けた窓から弱く入ってくる風で、だいぶ伸びてきた髪が背中で揺れたのを感じる。しばらく(私の中では)短い髪で過ごしてきていたのだが、最近また伸ばそうと思っている。理由は特にない。

運転中はだいたい音楽を聴いている。シャッフル再生で流れてきたのは甘くやわらかいボーカルで、静かな演奏と共にするするとほの暗い夕闇に溶けていく。フェードアウトしていく歌声に合わせて口ずさみながらハンドルを切った。

 

ソロ活動を始めてもう長い歌手の、この曲が好きだった。
みんなこうして、誰かとのささやかなストーリーのなかに生きているんだろうかと思うと不思議ないとおしさが心に満ちる。対向車の運転手も、自転車で颯爽と追い抜いていく学生も、犬を散歩させているあの人も、画面の中のこの人も。
友人と笑いあい、恋人と手を繋ぎ、ときどき喧嘩やすれ違いを起こしては気まずい思いをするのだろうか。そのたびに不器用に距離を縮めたり離れたりしながら紡がれるさまざまなストーリーがあるのだろうか。

さっきすれ違った人は、これから恋人の家に向かうのかもしれない。信号待ちで隣に並んだ人は、昨日の家族とのやりとりを思い出しては穏やかな気持ちになっているのかもしれない。灯りのともる玄関をくぐり、一緒に食事をして、やってくる週末の夜にたわいもない話で笑いあうのだろうか。とりとめもなくそんなことを思う。そのいくつものストーリーが、それぞれにとってしあわせであればいいなどと無責任に思う。

 

ただ相手を思い、しあわせを願う。

この曲を聴いていると、それだけで胸がいっぱいになるあの瞬間を思い出せる気がした。“思い出せる”と考える自分がひどく遠いところにいる気もした。

最近ずっと考えている。明日も明後日もその先も、私がたぶん抱え続けるのは信仰にも似た得体の知れないなにかだ。

幻想であり理想であるなにかは厄介だ。

両手から溢れて溺れてしまいそうなきらめき。

ぜんぶ好きだと笑っていられたかわいい時間。

それだけではいられないのだと分かった瞬間から、少しずつ少しずつ削られていたのかもしれない。

削られているなんて思ってしまうことで更に自分を削っている気もする。

でも私は捨てられない。捨てたくない。幕が降りるまで拍手を送っていたいと思う。転んでもつまづいても、私からとてもとてもとても遠いライトの下でそれは光を放ち続ける。名前を呼んで、手を降って、掌が赤くなるまで拍手を送り続けよう。そして幕が降りたなら、隙間から光が見えなくなったなら、静かに目を閉じて少しだけ泣いてもいいことにする。

見えなくなった光のために。ここから始まる私と誰かの別々のストーリーのために。

 

 

 

 

しばらく文章を書いていなかったので、特に中身のない1年前の下書きを加筆修正して投稿するという手抜きに出ました。今週末こそは『カノトイハナサガモノラ』の感想を書き上げたいです(希望)。